文学と服のオハナシ。登場人物は何を着ているの?

文学の登場人物、とくに男が何を着ているのかに注目します

トマス・ピンチョンは少年ジャンプを読んでいたんじゃなかろうか

ヴァインランド、先を読みすすむとトンデモニッポンが舞台になります。生真面目にニッポンを愛している人は読むのをやめましょう。タランティーノOKなら大丈夫。

 

ピンチョンは「少年ジャンプ」を読んでいたんじゃないか、と思われるフシがあります。

 

まだ大学生だったころ、同年代の男の子が読んでいる少年ジャンプを見て「アタマがおかしくなりそうだな」と思った覚えがあります。その男の子は、私なんかより数倍成績のよい理科系さんだったので、若者だった私は非常に混乱しました。

 

でも、そのアタマのおかしくなりそうな感じをピンチョンが描くと格別なんだな、なぜか。

 

 

現在、混乱しながら読書する愉しみをフォークナーでおぼえ、ジェイムス・エルロイでその傾向を強めた私は、多少アタマがおかしくなったって気にしません。ドグラ・マグラ二回読んでもいちいち気が狂ったりしてないし。だから、少年ジャンプもいけるかもしれない。まあ、50代のおばさんがそうする必要いっさいないけれども。

 

さて、このトンデモニッポンを代表するキャラであるフミモタ・タケシというおじさんの服装は、とても悪趣味です。

 

まず登場のシーンでは、追われている身を隠すためにミュージシャンに化けるとはいえ、ブロンドのヒッピー・ヘアのかつらにアロハシャツ、ケバい花柄のベルボトムパンタロン、真っ黒なゴーグルスタイルのサングラス、麦わら帽子、仕上げに年代物のウクレレをぽろんぽろん鳴らして。すべてが過剰なファッションです。ものすごく目立つだろうな。身を隠すという目的にあっているのかいないのかよくわからない。

 

普段の姿は、小豆色の地にターコイズの模様がはいるスーツ。もっとド派手なスーツなら、「あ、舞台衣装なのかな…芸人なのかな…」という安心感が持てますが、舞台で着るにはやや地味だから、かえって怪しくてたまらない。

 

こういうスーツって、仕立てなんでしょうか?たしか世田谷にそんな仕立て屋があると聞いたことがあるけれど。

それとも、新宿の三平ストアで買うのかな?

 

このおじさん・タケシが、ヴォンドと人違いされて「一年殺し」というニンジャの技をかけられるという、ほんとにメチャクチャな話です。だいたい、西洋人のヴォンドと東洋人のタケシは似ていないと思うし、ヴォンドとタケシでは、ファッションセンスに相当の開きがある。なぜ間違うのか?もう作者のいたずらとしか言いようがない。

 

「一年殺し」は、経絡点に突きを入れると相手が一年後に死ぬという必殺技。少年ジャンプちゃんと読んでなかった私でも、これって「北斗の拳」の影響じゃないかと思います。「おまえはもう死んでいる」とケンシロウに言われてから死ぬまでの期間が、数秒後か、一年後かという違いがあるだけで。

 

先日はじめて行った美容院で、白髪染めの待ち時間にマンガを勧められました。見ると、鏡の前に北斗の拳全巻がずらり。脇にある水槽にはベタが一匹だけで泳いでいる。闘魚だから二匹入れると闘ってしまうんだよね、と美容師さんがうれしそうに語ってくれました。ああ、格闘系の店だったのね…おばさんの私が場違いなこんな店に来てしまったのは、クーポンが安かったから。ただ、それだけ。

 

お得に目がくらんでしまいました。こうして金で、経済で流されていくのは私ばかりではないようで、ヴァインランドの後半では、理想主義のヒッピーたちが現実の経済社会にとりこまれていく姿がしみじみと描かれます。

 

女はウェイトレスになったり、男は半端仕事で食いつないだり。その半端仕事の出どころは不動産屋や土地のディベロッパーだったりする。

 

舞台はカリフォルニア。トンデモニッポンを描くときにはなかった悲しみがそこにあります。