文学と服のオハナシ。登場人物は何を着ているの?

文学の登場人物、とくに男が何を着ているのかに注目します

ピンチョンのヴァインランドで男はなにを着ているのか

敵方であるヴォンドは、ときにはダブルニットのスーツというものを着ています。

 

このダブルニット、私も知りませんでした。調べてみたら、伝統的なスーツの素材ではなくジャージやプルオーバーに使われる素材。

 

しかも、色はライトベージュです。ベージュというのは値段の出る色なので、リッチ系で保守的な層の着こなす色です。ストリートファッションやパンク、不良系のファッションでベージュが好まれることはあまりない。

 

ヴォンドは、カジュアルダウンも楽にこなすエリートであるというわけで、いかにのもの美男ではないけれど、魅力のある男というところでしょう。ダニエル・クレイグみたいな感じかな?

 

魅力があるのはわかるけど、ヒッピームーブメントをひきずりながら、そんな男と関係を続けるのはどうなのかな…このフレネシの、矛盾にみちたキャラ設定がこの小説のいちばんもしろいところです。

 

一方、元夫のゾイドは、フレネシにヴォイドからの逃避先としてたまたま選ばれただけの存在です。とても短い結婚期間を経て、フレネシは子供を産み捨てて出ていってしまいます。

 

この小説には、フレネシをはじめ、政府側に寝返って密告屋になる人物が多く出てくるのに、ゾイドは寝返りそうで寝返らないという絶妙のバランスを保って生きています。このバランスを保っていられるのは、ゾイドが巧妙だからではなくて、周囲から「危険視するには無能すぎ、無害とみなすのもちょっとな…」と思われているから。

 

アホでよかったね!ってことなんでしょうか?

 

このアホぶりは服装にもちゃんと表れていて…60年代はその時代のファッションと当人の思想が一致していたからよかったけど、この小説における現代は80年代。思想なき明るいファッションにも、ロンドン発祥のパンクにも、まったくついていけないゾイドの恰好はどうなったかというと…?

 

精神その他にかなり問題のある敵の刑事からさえ「その服、なんとかしたほうがいい」と言われる有様。古典落語風に言うと、「着てりゃ服だが、脱げばボロ」というところかな?

 

唯一の救いは、ド派手な色のドレスで女装して精神障害者のフリをする姿を、愛娘のボーイフレンドのパンク青年に「カッコイイ!」と思ってもらえていることでしょうか。

 

物語は中盤になると、舞台はカリフォルニアから日本に移ります。これがまた、タランティーノの勘違いニッポンの文学バージョン…楽しいですよ。